朝鮮人強制連行 犠牲者の墓標掃除


愛媛県新居浜市別子銅山へ、太平洋戦争中に労働力として強制連行されるなどして犠牲になった、朝鮮人労働者の慰霊祭前墓標掃除へ。
毎年8月に行われる慰霊祭と石碑建立には、公務で出席叶わない為、先んじて失礼致しました。
久方ぶりでしたが、ご連絡下さった方にご案内頂き、2人で1時間程草をひき、落ち葉や崩れた土砂をかき分ける等掃除し、整えることが出来ました。
石を積み墓としていることからも「どんなにか母国に帰りたかっただろうか」と思わずにはいられません。
取り組みを続け、後世へ語り繋ぐことが大事だと改めて感じています。
来年以降ご一緒したい方がおられましたら、是非ご連絡ください。
●朝鮮新報引用
別子銅山には1939年から3年間に700人の朝鮮人がいて、91年8月に別子銅山で犠牲になった朝鮮人を追悼する集いが開催された。
当時同県の日朝協会会長であった笹田徳三郎さんが中心となり、新居浜市と交渉。1993年8月11日同碑を建立。建立者は、愛媛県朝鮮人強制連行真相調査団。
2006年8月10日、新たに墓標を建てた。
その周りには28基の墓があり、近くの南光院の過去帳により埋葬されている3人の朝鮮人が確認された。
毎年8月10~12日の間に、朝・日共同の追悼集会が催されている。
●愛媛新聞引用
2025年8月4日、朝鮮半島の「解放80年」に合わせ、これまで2回建てられた木製の墓標から石碑へ新調された。
今年は8月7日、県内外の在日朝鮮人や市民ら約30人が慰霊祭に出席し、故人へ手を合わせた。
在日朝鮮人総連合会(朝鮮総連)県本部によると、県民有志の調査団が、旧別子山村火葬場近くの山林で石積みの墓が30基以上あるのを確認。以後、木の慰霊碑を建て県本部や社民党新居浜支部などが毎年8月に慰霊祭を開いている。
8月7日は、東京都東村山市の国平寺の尹碧厳住職が開眼供養の読経をあげ、参列者が線香を手向けた。
